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音楽と私

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「クラシック」と「パッヘルベルのカノン」 中川 竜 さん

【 中川 竜(なかがわ りょう)さんのプロフィール 】
1964年香川県高松市生まれ。
大学入学とともに上京し、1992年に結婚後は所沢市在住。
勤務先は、大学卒業以来ずっと都内の広告代理店。
中学生のころからギターを弾き始め、大学ではフォーク・ニューミュージック系の音楽サークルに所属。
結婚してから20年以上音楽から遠ざかっていたが、数年前に大学時代のサークルのOB会が結成され、年3~4回ほど都内のフォーク酒場で仲間内のライブを敢行中。

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♪♪ 屋根裏部屋か物置か ♪♪

昔、東京・中野にその名も「クラシック」という名曲喫茶があった。

JR中野駅を北口に出て、サンモール商店街の雑踏をくぐり、中野ブロードウェイの何本か手前を適当に左へ折れる。中野通りとつながる路地の片隅に、ひっそりとその店はあった。
大学生の頃の話だ。その店を教えてくれたのは、親友のTだった。奴とは中学が一緒で、ともに浪人生活を送り、大学入学時に一緒に上京してきた。通う大学は違ったが、東中野に住む奴の下宿は中野のぼくのアパートからも近く、毎日のようにお互いの部屋を行き来していた。

ドアを開けると、カランコロンと鈴の音がする。中は真っ暗だ。
なにやら人の蠢く気配と物憂いクラシックの音楽。それに立ち込めるタバコの煙。
しばらくして目が慣れてくると、右横におじいさんが立っていることに気付く。つまりそれがマスターで、そこが前金制のレジになっていた。
メニューは、コーヒーとオレンジジュースと紅茶の3つしかない。
50年(当時)変わらないフレンチコーヒーはまずく、粉末を溶かしたオレンジジュースは薬くさい。だから、ぼくはいつも消去法で紅茶を選んだ。
先に注文を済ませた奴は、横のリクエスト黒板になにやら書いている。2Fに登る階段に向かいながらひょいと見ると、汚い字で「パッヘルベルのカノン」と書いてあった。
その頃クラシックにまったく疎かったぼくは(今もたいして知らないが)、奴のリクエストではじめてその曲を知った。もっとも、Tにしてもぼくと大差はなかったはずで、たぶん他のクラシック曲はまったく知らなかったのだろう。奴がその黒板に書くのは、決まってパッヘルベルのカノンだった。

すっかり暗がりに慣れた目に映る1Fはまるで物置小屋のような風情だが、きいきいと音を立てる階段を登った先の2Fはあたかも屋根裏部屋のようだ。
恐ろしく古めかしいスピーカー。金輪際動きそうもない年代物の扇風機。落書きで一杯の古いキャンバスの束。無造作に壁にかけられた油絵・・・。すべてがランプ(型の電灯)の光の下でうっすらと埃をかぶっている。高さの揃わない、あらゆる方向に傾斜した床を注意深く踏みしめながら、やっとの思いで空いた席に腰をおろす。
それとなく見渡すと、じっと見つめ合う恋人たち、低い声でぼそぼそと話し合う者、声高に議論する者、ひとり瞑想する者、そのまま眠ってしまった者・・・。
やがて女の子が注文を運んでくる。傾いたテーブルの上に置かれる紅茶のカップ。ミルク入れはマヨネーズの蓋だ。そして隣に置かれたお冷のコップはワンカップ大関の空き瓶。むしろ不思議なのは、注文を運んできた女の子だけがそれっぽい黒装束を纏うでもなく、きわめて普通のセーターを着た普通の若い女の子であることだ。

ある日、Tとぼくはいつものように「クラシック」でパッヘルベルのカノンを聞いていた。
「でもヨ」
いつものように煙草をくゆらせ、埃だらけの空間を眺めながら、奴がつぶやく。
「ここにもやっぱり、ホントの闇は存在しないんだよ、きっと」
「そっか」としかぼくは言えなかった。
ぼくはたぶん表面的なものしか見ていなかったのだろう。当時、DCブランドとカフェバーが席巻していた80年代の街はどこか祝祭的な気分に覆われ、キレイでオシャレであることが価値のようになっていた。そういう記号論的な風景の中で、ぼくはひとつのアンチテーゼを、つまりまた別の記号を「クラシック」に被せていただけだった。
だが、大学でアングラ演劇にのめりこみ、後に唐十郎が状況劇場を解散して劇団唐組を旗揚げした時そこに飛び込んでいったTの目には、きっと別のものが映っていたに違いない。

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♪♪ 卒 業 ♪♪

そんな風にTと「クラシック」に通ったり、奴の部屋で麻雀をしたり、大学には行くものの教室には向かわず、サークルのたまり場に行ってギターをかき鳴らしたり、という毎日を繰り返すうちに、卒業が近づいていた。
どうにかこうにか就職先を見つけ、どうにかこうにか書き上げた卒論を提出するため、久しぶりに大学へ行ったのは晴れた暖かい日だった。
キャンパスに人影は少なかった。文学部のスロープを登り、事務棟の方へ歩いていくと、どこからともなくバイオリンの静かな音色が聞こえてきた。誰が弾いているのか、それはパッヘルベルのカノンだった。
それは祝福のようであり、また訣別のようでもあった。
無事卒論を提出して、ふたたびスロープを降りる頃にはバイオリンの音色はもう聞こえなくなっていた。
これで大学生活も終わりだなと、そのとき思った。

・・・

就職してからも「クラシック」には通っていたが、やがてTは荻窪に越していき、会うこともめっきり減った。ぼくの方も結婚して所沢に引っ越してからは、ずっと中野にも「クラシック」にも行っていない。
その後、ネットで知ったところによると「クラシック」は2005年に閉店したそうだ。創業者のおじいさんが亡くなって娘さんが後を継いだ(その時トラック数台分のゴミを運び出したという)のは知っていたが、その娘さんも亡くなり、営業を続けられなくなったそうだ。
さらに、今回この記事を書こうと思ってふたたびネットを調べたところ、「クラシック」で働いていた若い女性スタッフ2人が調度品やレコードを譲り受け、高円寺に名曲喫茶「ルネッサンス」を開店したという。そして、コーヒーとジュースと紅茶の3種類しかないメニューは正しくルネッサンスに継承されているらしい。

いつかその店にまたパッヘルベルのカノンを聞きに行きたいものだ。もう20年以上会っていないTとともに。

【参考資料】
ホンモノの名曲喫茶--クラシック(東京都中野区)
http://www38.tok2.com/home/intermezzo/cafe/cafe_classic.htm
中野の閉店した名曲喫茶の遺伝子健在!高円寺「ルネッサンス」の独特の時間を過ごしてみた
http://news-act.com/archives/37087858.html