所沢の音楽情報・タウン情報 ptoko(ピートコ).JP

Share |
  • ptokoについて
  • お問い合わせ

トップページ>

私と音楽

音楽と私

田辺1.jpg

シャンソンの魅力にふれて  田辺慶一 さん

【 田辺慶一(たなべ けいいち)さんのブロフィール 】
1949年2月生まれ 血液型A型
出版関係の会社を定年退職後、2014年7月より、
新所沢カルチャーセンター・シャンソン教室にて、
増村うらら先生指導のもと3年目を迎える。
年一回6月に所沢市民文化センターミューズのキューブホールで開催される「所沢シャンソンコンサート」での発表会、
それに毎月第4水曜日に開催される新所沢駅東口のスタジオ「ネイヴ」のコンサートに出演。
(写真:キューブホールで歌う)

田辺3.jpg

♪♪ 音楽につつまれた青春時代 ♪♪

私は基本的に音楽が好きだ。ルーツを探ると歌好きの祖母の歌声、あるいは鼻唄を始終耳にしていたことからか。
ジャンルはと問われれば甚だいい加減で、まったくもってその時の気分次第。学生時代の1960年後半~1970年前半は、時まさにフォークソング、GSが花盛り。ご多分に洩れず、高校時代からの友人たちとバンドを組み、音響の極めて良い校舎の「踊り場」でいつも練習していたことが、昨日のように思い出される。
その当時の曲目といえば、やはりフォークソングが中心だった。ビリー・バンバン、グレープ(さだまさし)、かぐや姫、森山良子、吉田拓郎、その他数え切れない程の著名なアーティストを輩出した時代でもあった。
火付け役は外国からのフォークソングブームからであったか。ボブ・ディラン、ブラザーズ・フォア、PP&M(ピーター・ポール&マリー)、サイモン&ガーファンクル等の曲が流行った。メッセージ性の強い反戦歌、あるいは社会に対する抗議ともいえる歌も世界的に広まった。
多感な折、ミュージカルも盛んで学生の頃は授業を抜け出しては、存分に堪能したものだ。音楽の多様化を迎えた時代でもあった。

♪♪ 今、なぜシャンソンなのか? ♪♪

ジャンルに囚われず、越路吹雪の「サン・トワ・マミー」、「ろくでなし」、「愛の讃歌」、それに、岸洋子の「恋心」、「夜明けのうた」、「昔きいたシャンソン」といった歌が大好きで、若い頃からよく口ずさんでいた。当時それらの歌は、それ程強く“シャンソン”としての意識は無く、素敵な歌の一つとして捉えていた。
“シャンソン”に心を動かされたきっかけは、20代後半にムスタキの歌に出くわし、その独特なパーソナリティに衝撃が走ったのも一因。そして自らが深くシャンソンに関わりたくなったのは、親戚のおじが、かなりの高齢にかかわらず、若い頃から変わらず楽しそうに、今もって元気に歌い続けていることにも起因している(ただし、おじの場合は原語だが)。
退職を機に、時間的にも余裕が出来、より“シャンソン”にふれ、その魅力に嵌った。来し方行く末(行く末はそう長くはないが…)、「歌ある生活」がより人生を楽しいものにすると信じてやまない。
     (2017.3.19)