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“所沢を音楽のまちに”──藤本市長に聞く (上)

所沢市のプロジェクト「音楽のあるまちづくり」(=略称「音まち」)が本格的にスタートして2年余。市民部に文化芸術振興課が新設されて1年。それを機に、「音まち」と所沢の文化について、推進役の藤本正人市長にお話をうかがいました。(文=ゴマッジョ 写真=倉本兼治)
 【所沢市のサイト】

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■◆● ニューヨークでは音楽三昧 ●◆■

──お忙しいところをありがとうございます。今日は「音まち」を中心にざっくばらんにお話をお聞きしたいと思います。
 もともと市長は音楽に造詣が深いとか。

藤本 いやいや、造詣は深くはないと思いますよ(笑い)。
 しかし、嫌いじゃないというか、合唱とかオペラとかを聴くのが好きですね。

──歌があるのがお好きなんですね。インストはいかがですか?

藤本 そこそこは聴いていますよ。
 そう言えば、日本人学校の教員でニューヨークにいた頃は、よくジャズを聴きに行ってました。あちらでは、ジャズもそれなりの値段で気軽に聴ける。場所にもよりますが、名門のヴィレッジ・ヴァンガードでも30~40ドルくらいで入れる。ブルーノートはやはり100ドルくらいしましたけど。
 ジャズ以外でも、ニューヨークフィルやメトロポリタンオペラでは、立ち見の安い席だと7ドルくらいだった気がします。
 その頃はいろんな音楽を聴きに行ってました。

──やはり、造詣が…(笑い)。
 ご家族も音楽をやっておられるとか。

藤本 ええ、子どもは合唱団で唄ったりしていました。いま高校生の子は吹奏楽部に入っています。
 ついでに言えば、妻もギターを弾いていました。

──クラシックですか、フォーク?

藤本 いや、ロックですね。大学まではバンドをやっていました。
 ボクはそういうのには縁がなくて。でも小学校高学年からずっと音楽の授業も好きで、高校では専攻科目を音楽にしました。高校の先生も歌専門で、カンツォーネもやりました。合唱でも歌ったりしましたが…。

 もう一つついでで言えば、意外に思われるかもしれないけど、ボクは民謡にも思いがあるんです。というのも、祖母が民謡歌手だったんです。
 佐藤松子という芸名で、テレビの民謡番組のレギュラーで、審査員をしたり、自身も必ず1曲唄ってました。レコードもたくさん出しています。
 ボクが小さいころは新宿の祖母の家に住んでいたんですが、内弟子さんが4~5人いて、雑巾がけをしているのをよく見かけたものです。通いで習いに来る人も多くいました。踊りや三味線の先生なんかもよく来ていましたね。
 ボクとしては祖母は日本一のうまい歌手だと…。だから、「民謡には詳しくなければ」と思っていました。
 
──そういう音楽環境が、興味や趣味につながってくるんでしょうね。

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■◆● 音楽あふれるオシャレな街を ●◆■

──ところで、所沢市の「音楽のあるまちづくり、略称・音まち」は、市長の発案で進められたとお聞きしています。
 どういうスタンスからのお考えですか?

藤本 これは市長になるだいぶん前から思っていたことなんですが…。
 市内に若いストリート・ミュージシャンが何人も出てきて、みんな頑張っている。ジュレップスや宮川鉄平とか…。それを商工会議所の青年部なんかが応援していた。
 そういうのを見るにつけても、彼らがもっと活躍できる場ができたらいいなと思っていました。しかし、いまは路上などでやっていると、どうしても警察がやって来て注意する。まあ、それが警察の役目でもあるわけで。
 ニューヨークにいた頃は、地下鉄の周りなんかで、バケツをひっくり返してドンドコたたいたり、みんな好き好きに音を出したり歌ったりしている。街の中、どこでも音が溢れている。そういうパフォーマンスは、すごく許容されているんですね。
 また、旅行で行った台湾では、駅前や公園などの決められた場所で、路上ライブや大道芸などがみんなを楽しませている。彼らは法的に認められていて、許可をもらったという札を持っているんです。
 それを見て、ああーこういうふうにできればいいなーと思っていました。
 所沢でも若い芽生えがあるんだから、それを活かせるようになればいいなーと。駅を出たら、路上ライブがあり、バイオリンやサックスの音が流れていて…。そんなオシャレな街になれたらいいなーと。

──日本ではいろんな規制があったり、周りからのクレームがあったり、なかなか難しい面がありますね。
 少しずつでも、そういう音楽が溢れる場ができるといいですね。

藤本 「音まち」については、ボクだけが力を入れてるんじゃなく、周りにもそういう雰囲気があった。そばに音楽をやっている人が多いんです。副市長がパーカッションをやっていて、教育長はチューバを吹いている。

──それはそれは。素晴らしいですね。

藤本 それで、ボクがホラを吹いて(笑い)。

──それが一番ですね(笑い)。

藤本 なんと言っても、所沢にはミューズがある。パイプオルガンのある2,000人収容のアークホールなど、大中小の3ホールを揃えた、郊外都市には珍しい規模の施設です。大いに自慢していい。
 そこに、内外の一流の音楽家たちがやって来て、いろんなジャンルのイベントが開催されています。しかも都内よりは廉価で楽しむことができる。交通費もかからない。
 所沢のブランド・イメージを高めるには、音楽に焦点を当てるのは必然だと思っています。

──私どもptoko(ピートコ)は、5~6年前から所沢のいろんな情報を集めてきました。そのうち、ライブハウスやスタジオ、音楽好きの集まるお店などに顔を出して、いろんな方と知り合いになりました。
 所沢では多くの音楽シーンが毎日のように繰り広げられています。
 また、市内には日本大学芸術学部や県立芸術総合高等学校があり、近隣には武蔵野音楽大学など音大がいくつもあって、防音マンションも建てられていて、音大生たちが入居しています。
 そして、都心へのアクセスがいいこともあって、いろんなジャンルのプロのミュージシャンがたくさん住んでいることもわかってきました。
 そこで、所沢を音楽で盛り上げたいなと。
「所沢って、どんなとこ?」と聞かれたら、「音楽の街だよ」と答えられようになりたいな、という思いで音楽情報サイトを立ち上げました。

藤本 ぜひ、そうなりたいですね。改めて意を強くしました。
 ptokoさんには頑張ってもらって…。

──昨年9月発行の「藤本正人通信」に、「ptokoを全力で支援!」と書いていただきました。マニフェストだと受け止めていますので、ぜひ実現化をお願いいたします(笑い)。
 それでは、引き続いて「音まち」を中心にお話をお聞きしたいと思います。(2016.03.18取材)